【外人?外国人?外人は失礼?】外人は差別用語?外国人の正しい呼び方は?

日常生活で、「外国人」という言葉を耳にしない日はないだろう。ニュースでも、友達と話しているときも、街でも。外国人は私たちの身近に存在する。しかし、「外人」はどうだろう?外国人の意味で「外人」と言う人もいる。テレビのニュースでは聞くことがない。それは「外人」が差別用語だからだろうか?今回の記事は、「外人」は差別用語なのかについて、友達へのインタビュー、言葉の歴史の観点からまとめた。 今回の記事は、友人の協力の元作成した。

1 辞書で調べてみる外国人と外人の違い?

まず初めに、「外国人」について辞書ではどのような説明がなされているのか調べてみた。

☝︎外人と外国人の違い

(出典:コトバンク「外国人」コトバンク「外人」

精選版日本語大辞典の解説

【外国人】

〘名〙 その国の国籍をもたない人。法律用語としては、外国の国籍をもつ人と無国籍人とを含む。異国人。異人。外人。外邦人。

【外人】

〘名〙① 家族、親戚、仲間、同宿などの範囲の外にいる人。無関係の人。疎遠な人。他人。また、その土地の人ではない人。② 外国人。

こう見ると、それぞれの説明欄に「外人」「外国人」の文字が記載されている。類義語として括られているのだろうか?ますます謎が深まる結果に。

  

2 外国人にとって「Gaijin」はどう捉えられているの?外人とは?

他にも調べると外国人、外人の定義は出てくるが、外人は外国人の類義語とまとめているものが多くあった。外人が差別用語だという考えは、人による部分が非常に大きい。とても曖昧なのだ。

 そこで私のアメリカ人の友人に「Gaijin」という言葉について聞いてみた。その友人は日本文化に興味を持っていて、日本語を学んでいる。友人曰く、「Gaijin」に差別用語的な意味は感じないという。むしろ、友人は「外国人」という言葉は「外人」を丁寧に言ったもの。外人はごく一般的な言葉と考えていたようだ。

 他にも調べてみると、「Gaijin Pot」という外国人向けの日本国内の仕事斡旋サイトが見つかった。私の友人もこのサイトを知っていた。「Gaijin」は「外国人」を表す語として認識されているようだ。

 

3 文脈によって変わる外人と外国人の意味の違い

その友人へのインタビューの中で、特に興味深かったのが「その言葉が差別用語かは会話の文脈に依る」ということだ。例えば彼の場合、「Faggot」という言葉を友人に向けて使う。それは「男性の同性愛者」という意味だが、差別用語としても使われている。

だが彼とその友人はとても仲が良く、お互いを「Faggot」と呼び合っている。そこには差別感情も何もない。同じ立場にいるもの同士ということで呼び合っている。「外人」という言葉も、放送禁止用語ではあるが使っている人は多い。その多くは、悪意も何もなく使っている人がほとんどではないだろうか。

しかし、批判や誹謗中傷の時に意図して「外人」と言うことは、「日本の国籍を持っていない人」という意味ではなく「社会から疎外されるべき人」という意味合いが強い。

このような誤解を招く恐れがあるため、放送禁止用語になり、人々の間でも「外人は差別用語なのではないか」という認識が高まったのではないだろうか。

 

4 外人は翻訳不可能!?

最後に友人が伝えてくれたことをもう一つ紹介する。それは、「外人は英語に直訳できない」ということだ。彼によれば、「言葉はその国の文化の中で形成されたもので、文化も変わっていくので意味も変わる。外人みたいな意味のforeignerという言葉は確かにある。でもその言葉の起源も歴史的背景も違うから、意味自体を比べることは無意味に等しい。」とのことだ。

難しく聞こえるかもしれないが言い換えれば、「その言葉がどういう時に使われてきたかを見ることで、その言葉の本質が見えるのではないか」ということだ。上記でまとめたように、外人と外国人は昔から共存していた。外国人のほうが丁寧な響きということは今も変わっていない。だが、外人はより「外の人」という意味で用いられていた。「外人部隊」というときにも用いられていたように、敵対心をもった相手に使われていたという過去がある。

それを踏まえると、外人のほうが現代社会においては差別用語のように聞こえ、日本人でさえも聞こえが悪く思うというのは自然なことではないだろうか?

 

外人は使わない方がベター

様々な意見があってもやもやした気持ちの読者も多いかもしれない。まとめとしては「外人と言わない方がトラブルが少ない」ということで締め括りたい。

私の友達は、外国人の意味で使うのであれば「外人」と言われても問題ないと言われた。だが一方で「外人」と意図的に言われて傷ついた方もいるかもしれない。日本人間でも「使っても問題ない派」と「使うべきでない派」がいることだろう。

この状況の中でどちらかの言葉を使った方が「正しい」というよりは、「外人」は使わず「外国人」と言った方が「賢明である」と言えるだろう。