【脱サラ】働かない生き方の選択肢はコレ。働くことが当たり前はおかしい3つの理由

「働くことが当たり前」の話。「学校に行くのが当たり前」「大人は働くのが当たり前」の世の中だが、実際のところどうだろうか。ごく普通に「当たり前」だと思っていることが当たり前ではなかったらどうだろう。

「働かない生き方」や「脱サラする働き方」を考えると人生の選択肢が増える。

1 働くことが当たり前の世の中

世の中は「働くこと」が当たり前だ。当たり前すぎて疑うことすらしない。みんな当たり前のように会社へ行き、当たり前のように仕事をして、当たり前のように帰る。僕が小さい頃、この「当たり前」が不思議だった。

ふとした時に思っていたのが「なぜ、みんな学校に行くのだろう?」ということだ。毎朝6時に起きて、遠く離れた小学校へ通学することが不思議だった。「できることなら、たまには休みたい」し、「できるなら、家で勉強してゲームしたい」と考えていたくらいだ。このことを周りの大人に質問したところ「みんな学校に行っているよ」とか「みんなが待っているよ」というような「みんな当たり前」だからという集団心理のような答えしか返ってこなかった。

これは大人になっても同じだ。「みんな働くから働く」「働くことが当たり前だから働く」という心理がほとんどだ。時には自分の仕事や会社の上司の文句をいいながら、渋々働いている人もいるにも関わらず、みんなしっかり会社の養分となりながら役目を真っ当しているように見えてならない。

2 どうして働くことが当たり前なのか?

FULL POWER 科学が証明した自分を変える最強戦略」の著者であるベンジャミン・ハーディさんは、「当たり前」のことを「カチッサー効果」とわかりやすく説明している。

カチッサー効果とは何度も繰り返すことで結果として無意識にできるようになること。例えば、自転車に乗ることもこれだ。初めて自転車乗ったとき、何度も躓いたり、転んだりする。何度も繰り返し練習したことで、今では「無意識に」自転車に乗れているはず。これがカチッサー効果だ。

また心理学では「過剰学習」とも言われている。プロのバスケ選手が何度もシュート練習をした結果、無意識に正確なシュートが打てるのと同じように、繰り返し反復することで成せる技だ。

ただ、残念ながらこうした「繰り返すこと」は「ネガティヴなこと」にも当てはまる。「毎日決まった時間に起きて」「毎日満員電車に揺られて」「嫌々会社へ行くこと」を繰り返すとカチッサー効果が発動する。過剰に反復したことによって、無意識に、何も疑いがなくなってしまう。社畜となって会社に貢献する「模範となる大人」ができあがる。

いつしか「もっと自由に働きたい」「海外で暮らしたい」と考えたことも忘れ、結局、「毎日満員電車にゆられて」「毎日自分が納得していない仕事をする」ような「環境」にとどまってしまっているという話だ。

 

3 社会構造が無力を量産させている

「働くことが当たり前」であるという社会構造は、結局のところ無力な人を量産させている悪循環がある。

1960年代にアメリカ人心理学者マーティン・セリグマさんとスティーブン・マイヤーさんらによって提唱されたのが「学習性無力感」。自分でコントロールできない曖昧な情報を浴びると、行動を起こそうとする意欲が失われるという。連日、未曾有のウイルスや対処できない大雨洪水、地震のニュースなどを浴びつづければ「不快」を感じつづけて行動できなくなるわけだ。

毎日、朝起きてからテレビをつけて、お昼もぽやーーーっと何も考えずにテレビを見て、家に帰ってからも何気なくテレビを見続ける生活をしているのが「当たり前」だ。こんな毎日を繰り返せば、学習性無力感になるだろう。

 

当たり前に受動するより能動的に情報を得よう

日本人は義務教育で「受動的な学習」しかしてこなかった。ざっくり言うと、先生が教える教科書の内容を、ただひたすらに暗記する「受け身」な勉強方法だ。逆に「能動的な学習」は自ら学ぶこと。疑問に思ったことを発見し、自分でゴールに辿り着くように「情報を得る」のだ。

いつも「当たり前なこと当たり前のようにやるだけ」では、これからの時代を生き抜くのが難しくなっていく。「当たり前」を疑問に持って、自ら動けるようになるのも選択肢の一つだ。

受け身な学習だけでなく、自ら学びながら情報を得ることで「当たり前」に疑問を持つようになるかもしれない。世界を見ながら、日本の良いところも悪いところも俯瞰するのがおすすめだ。

2016年につくった初々しい記事

2016年にこの「海外移住計画」記事を書いた

この記事は、2016年当時、僕がまだ普通のサラリーマンだった頃に趣味で書いた記事をリライトしたもの。「海外フリーランスという働き方を確立して、海外移住をする」という気持ちを書き残している。正直、今読み返すと「何を言っているの?」と思う箇所も多々あったが、記録のために残している。恥ずかしいが、こんな中二病のような時期も「過去の自分」。

旅行が好きだった僕は、脱サラして「海外で生活すること」を目指した。これが、その時の軌跡。要するに「海外生活できる仕事をすればいい」と思ったことがきっかけ。この記事を書いてから1ヶ月単位で、やるべきことを実行して「脱サラ海外フリーランス」になった。

 

脱サラして海外移住する計画