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人生実験研究所 Q&A
Abroader(アブローダー)ブログでは、「自由に生きるために、実際にやってみる」を体現する人生実験を発信しています。このブログをきっかけに、株式会社Fabを設立しました。
これまで、英語学習、海外移住、デジタルノマド、マイクロ法人、投資、FIRE、食や身体、子どもの教育、AI時代の働き方など、その時々に自分が興味を持ったテーマを実際に試しながら、ブログや本、メディアなどで紹介しています。
より詳しくは「これまでやってきたこと」や「代表取締役 山川毅」で探ってください。
デジタルノマドのように、マイクロ事業を立ち上げながら、国内外を移動して暮らしてきました。1日3万人に読まれた英語学習ブログを運営したほか、福岡の地域メディアでは累計500万人以上に読まれるメディアを育て、これまでに出版した本ではAmazonベストセラーを多数獲得しています。
20代では経済的自由を実現し、サイドFIREも経験しました。その後も「自由に生きるために、実際にやってみる」をテーマに、国内外を移動しながら仕事をつくってきました。海外拠点を探すためにスペインやポルトガルなど40カ国以上を旅し、現在は家族と暮らす場所を探しながら、次の人生実験としてマレーシア移住を進めています。
最近は、何かひとつの仕事をしているというより、「これからの時代をどう生きるか」を自分自身で実験しています。
20代の頃は、海外移住やFIRE、会社員ではない働き方など、まだ一般的ではなかったことを実際にやってみて、その過程をブログや本にしてきました。
今も、やっていることはそれほど変わっていません。
ただ、少しだけ実験するテーマが変わってきました。
お金を増やせば自由になれると思って、実際に経済的な自由を手に入れてみた。会社を辞めて、時間も自由になった。世界を移動しながら暮らすこともできるようになった。
すると今度は、「自由になったあと、人は何をして生きるのか」という別の問いが出てきた。
自由とは、何かから解放されることだけではない。
自由になった時間を、何に使うのか。
そこで最近は、AIを使って仕事そのものを極限まで軽量化したり、食事や睡眠、身体のコンディションを実験したり、海外を移動しながら暮らせる環境をつくったりしています。
要するに、人生そのものを実験している感覚です。
例えば最近は、「ウェアラブルギア」というテーマで、世界を移動するための服や財布、医薬品、食事、決済手段まで、一つひとつ実際に試して記録しています。
5gの財布を使ってみたり、110円の防災用品を旅の装備に組み込んでみたり、海外のプロバイオティクスや喉のケア用品を試してみたり。
一見すると、ただのモノの話です。
でも、僕が興味があるのはモノそのものではありません。
「なぜ今、この機能が必要なのか」
「これからの時代に、どんなツールやスキルで生き残れるのか」
その裏側にある、時代の変化です。
昔は、人生を安定させるために家を買い、会社に入り、ひとつの場所に定住するのが普通だった。
僕はそこから、少しずつ逆方向へ進んできたように思います。
会社を辞める。
荷物を減らす。
住む場所を固定しない。
収入源を分散する。
資産を分散する。
そして今度は、AIを使って仕事そのものを軽量化する。
これまでやってきたことと、今の選択はすべてつながっています。
「どうすれば、自由に生きられるのか」
その答えを、お金、仕事、身体、住む場所、モノ、AIという、いろいろな角度から実験している。
そして、その過程で得た失敗や発見を、文章や本、ウェブサイトにストックしていく。
だから最近は、「何をしていますか?」と聞かれると、結局いつも同じ答えになる。
「移動しています」と。
場所だけではありません。
仕事も、暮らし方も、身体との付き合い方も、考え方も、常に少しずつ動かしている。
仕事をしているというより、人生そのものをアップデートし、その過程をコンテンツにしている。
昔からやっていることは、あまり変わっていないのかもしれません。
自分自身の好奇心を最大限に使って、まず自分が先にやってみる。
面白ければ記録する。
そこから見えてきたことを、誰かが使えるカタチにして届ける。
そして、また次の実験へ移動する。
昔も今も、人生であらゆる実験をしながら、その記録を残しています。
結局、僕がずっとやっているのは、
「自由に生きるために、実際にやってみる」
お金があっても、時間があっても、行きたい場所へ自由に行けても、なぜか満たされない人がいます。
かつての僕が、そうでした。
20代で資産は億を超え、会社員を辞めて独立。自分の会社をつくり、ブログや出版など興味を持ったことを仕事にしながら、デジタルノマドとして世界40ヶ国以上を転々としてきました。
サイドFIREもした。労働そのものをやめる完全なFIRE生活も試した。離島へ移住し、昼から海に潜って魚を獲りながら暮らしたこともあります。
振り返ってみれば、僕がやってきたことはすべて「自由に生きるための実験」でした。
お金の自由。時間の自由。場所の自由。仕事の自由。
若い頃に憧れていた「自由」は、ほぼ一通り手に入れました。
ところが、実際に自由になってみると、一つの大きな違和感が生まれました。
思っていたほど、満たされない。
むしろ、お金もなく、目の前の目標に向かって夢中で挑戦していた頃のほうが、人生は充実していたように感じることすらありました。
経済的自由の先に待っていたのは、解放感だけではありません。
「次に何をすればいいのか」
追いかけるものがなくなった瞬間、人生から目的地が消える。何もしなくていい自由が、いつしか「何をすればいいのかわからない」という空白に変わっていきました。
そこで、ようやく気づきました。
僕がずっと追いかけていたのは、「外側の自由」だったのだと。
資産、収入、時間、場所、肩書き。外側の条件をどれだけ自由にしても、自分の内側まで自由になるとは限りません。
では、「内側の自由」とは何なのでしょうか。
何をしていると時間を忘れるのか。何を知りたいのか。何をつくりたいのか。誰に評価されなくても、やってしまうことは何なのか。
人生は、壮大な暇つぶしなのかもしれません。
だとすれば、他人が決めた成功を追いかけ続けるより、自分の知的好奇心の赴くままに、人生そのものを実験したほうがおもしろい。
本書は、資産形成やFIREのノウハウを解説する本ではありません。
10年以上「自由」を追い求め、自分の人生を使って実験してきた僕が、その先に見えてきた「自由に生きるカタチ」を探究する本です。
お金も、時間も、場所も自由になった。その先には、どんな自由があるのか。
その試行錯誤の過程を、本書では「精神的自由」という言葉で言語化していきます。
お金があっても、時間があっても、行きたい場所へ自由に行けても、なぜ人は満たされないのか。
その問いに答えるために、僕はもう一度、自分の人生を実験することにしました。
よくよく考えると、僕自身これまでずっとメインストリームからドロップアウトした生き方をしています。
見方を変えれば、カウンターカルチャーです。世界各国を移動しながらデジタルノマドとして転々と生活し、ある時は私物の9割を断捨離してミニマリストとして本当に必要なモノを見直しました。経済的自由を求めてFIRE生活を試し、ポスト資本主義を意識して動き続けています。
これらはすべて、社会が用意した「一般的」という名の空気感からの離脱です。大量消費、定住、終わりのない労働、他者との競争への強烈な違和感と、そこからのドロップアウトです。
ただ、単なる反主流ではありません。資本主義やテクノロジーを敵視するのではなく、それらを道具として使いながら自分の生き方を最適化しています。ここが重要なポイントです。法人や金融資産といった資本主義のツールをフル活用しながら、自分と家族の「時間と精神の余白」を買い戻す。これは逃避ではなく、システムを内側からハッキングする感覚です。
移動しながら思考する時間を増やす。ものを闇雲に捨てるのではなく、機能性が高く本当に必要なものだけを手元に置く。身体を最適化し、外側のドーパミンではなく、自分の内側にあるセロトニンやオキシトシンを自給自足する。
メインストリームの生き方が「決められたレールの上を走る列車」だとすれば、列車のパーツを分解して自分だけのオフロードカーを組み立て、道なき道を家族とドライブしているようなものです。
要は「何を捨てるか」です。世間の評価、過剰な所有、同調圧力、不要な競争をそぎ落として、本当に残したいものに集中する。思想だけで終わらず、移住、資産形成、AI活用、出版、家族との体験設計まで一体で動かす。違和感があるなら、それは正しい感覚です。あとは、その違和感を出発点にして、一歩動くだけです。
これからの時代、資産だけでなく「意味」も二極化していくのではないかと感じています。
貯金をほとんどしない人と、資産を積み上げる人。資産形成によって経済的自由を目指す人が増える一方で、実際に自由な時間を手に入れたあと、「何をやっていいかわからない」という人もいます。
僕自身も、その一人でした。
自著『経済的自由 FIRE その後の現実と後悔』では、20代で資産を築いたあとの成功と失敗を書きました。資産を築けば、経済的には自由になれる。しかし、その先には「この自由を何に使うのか」という別の問いが待っていました。
あれから数年が経ち、僕の関心も変わりました。
「どうすれば自由になれるか」ではなく、「自由になったあと、その空白をどう使うのか」。
AIが発展し、人間が自分でやる必要のない仕事が増えていけば、これまで労働に使っていた時間の一部が余るようになります。そこで多くの人が、「余った時間を何に使うのか」「何を基準に生きるのか」という問いに直面する可能性があります。
これは、僕が経済的自由を手にしたあとに経験した「空白」とよく似ています。
自由になることを目指している間は、目的地があります。しかし、自由になった瞬間、その目的地が消える。
そこで初めて、「では、自分は何をしたいのか」という問いが残ります。
だからこれからは、資産の二極化だけでなく、「意味の二極化」が起きるのではないかと考えています。
同じように自由な時間を持っていても、それを持て余して疲弊する人もいれば、好奇心や遊び、探究や創造へ変えていく人もいる。
退屈を埋める人と、退屈から何かを始める人。
自由を持て余す人と、自由を創造へ変える人。
この違いは、資産額とは別のところで、人生の質を大きく左右するのかもしれません。
AI時代の先にあるのは、単に「働かなくていい未来」ではありません。
自由な時間を、何に使うのか。
その問いに答えるためには、年収や肩書きといった外側の尺度ではなく、自分が何に心を動かされ、何をおもしろいと思い、何なら誰に評価されなくてもやってしまうのかを知る必要があります。
経済的自由によって生まれた「空白」は、本当に埋めるべきものなのでしょうか。
もしかすると、その空白を自分の意思で使えることこそ、次の自由を考えるための入り口なのかもしれません。
